Highway Star〜スザク編〜
「はぁ〜!?突然なにを言い出すかと思えば、ランスロットに乗ってみたいだって!?」
「ああ、そうだ。ダメか?」
好奇の瞳をキラキラと輝かせて自分を見つめているルルーシュに、「また我侭がはじまった」と、スザクはそっと溜息をもらす。
「ダメ・・・というわけじゃないけど・・・でも」
「なにか問題でもあるのか?」
「そうじゃないけど・・・あんまり自分の機体は他人にいじらせたくないんだ」
「随分と大事にしているんだな。でも安心しろ。操縦するのはお前だ。俺は同乗するだけだから・・・それなら問題はないだろう?」
「まぁ・・・それなら・・・。ちょっとだけだよ?」
ルルーシュの突然の我侭を、スザクは渋々承知した。
「でもさぁ・・・突然ランスロットに乗ってみたいなんて、どうしたのさ?」
「最近退屈だったから!」
「は?・・・ねぇルルーシュ?今世界と戦っている自覚ある?」
「そんなこと言われなくてもわかっている!」
「じゃぁ退屈しているヒマなんてないんじゃない?」
「それは公のことだろう?私生活は退屈なんだよ。全然潤いがない!」
溜息を吐きながらパイロットスーツに着替えて、ランスロットに乗り込むスザクはふといつもルルーシュにびったりくっついている男の顔を思い浮かべる。
「そういえば、ジェレミア卿は?」
「・・・ジェレミア?」
「そんなに退屈しているならジェレミア卿にでも遊んでもらえば?」
スザクの言葉に、「ああ・・・いたな、そんなのが」と、無関心そうに言うルルーシュに、スザクは心の中で「ヒドイ!」と叫けんだ。
散々玩具にしておいて、挙句の果ては「そんなの」扱いされているジェレミアに、スザクは少しだけ同情したくなった。
ルルーシュの関心は、完全にランスロットに向けられている。
―――ランスロットはルルーシュの玩具じゃないんだけどなぁ・・・。
一方その頃。
「皇帝陛下はどちらへ?」
蛻の空のルルーシュの部屋で、ジェレミアは近くにいたこの部屋つきの従者に首を傾げていた。
「陛下でしたら先程枢木スザク様とご一緒に格納庫の方へ向かわれましたが・・・?」
「な、なにぃ〜!?く、枢木と一緒に・・・だと〜!?」
「はい。なんでもランスロットに乗せていただくとか仰って、陛下は大変お喜びになっておでかけになりましたよ?」
その言葉にジェレミアは顔面蒼白となって、「こうしてはいられない!」と慌てて格納庫の方へと走り出した。
実はその数時間前に、ジェレミアはルルーシュに散々駄々を捏ねられていた。
しかし、主の我侭を諌めるのも臣下の務めとばかりに、それをきっぱりと拒否したのである。
当然ルルーシュは拗ねたが、それでも放っておけばそのうち機嫌を直すだろうと、うっかり目を離してしまった自分の迂闊さを今は後悔している。
「ルルーシュ様・・・早まったことをなさってはいけません!!枢木は・・・枢木は・・・ッ!」
叫びながら全力疾走するジェレミアは、いつもの冷静さを完全に失っていた。
ジェレミアが格納庫に近づきつつあるその頃、馴染んだ操縦席に腰を落ち着けたスザクは困っていた。
背中にはぴったりとルルーシュが張り付いている。
「・・・ねぇルルーシュ?」
「ん?」
「その服なんとかならい?」
「邪魔なんだけど」と、スザクが言うと、ルルーシュはもそもそと一番上の服を脱いで外へと捨てた。
「これでいいか?」
「まぁ・・・これならなんとかなりそうだけど・・・」
そう言って、ハッチを閉めかけた瞬間にジェレミアが息を切らして、格納庫に飛び込んできた。
しかし、もう遅い。
「ル、ルルーシュ様ぁぁぁぁぁッ!」
ジェレミアの叫びはランスロットの爆音にかき消され、ルルーシュの耳に届くことはなかった。
「なんという早まったことを・・・」
がっくりと膝をついて、ルルーシュの脱ぎ捨てられた服を両手で握り締めたジェレミアは項垂れた。
その手がわなわなと震えている。
「・・・枢木は、ああ見えて・・・本当は・・・本当は、とても恐ろしい奴なのだということを・・・ルルーシュ様はご存知ないのだ・・・」
戦場で何度かスザクの乗るランスロットと対峙したことのあるジェレミアはそれを嫌というほど知っている。
ランスロットに乗った枢木スザクは、普段の穏やかな彼とはまったくの別人だ。
あえて言うならば、普段大人しい人が車に乗ってハンドルを握った瞬間に人格が変るという、それに共通するものがある。
ルルーシュのあまりよくない運動神経では1分と持たないだろう。
今更自分の機体で追いかけたところで、すでに手遅れである。
諦めて、ジェレミアは主の無事を祈りながら、ここでランスロットが戻るのを待つことしかできなかった。
それから十数分後。
ジェレミアの待つ格納庫に向かって降りてくるランスロットは、意外なほどゆっくりとしたスピードで降下して、着地の衝撃も普段のスザクからは考えられないほどの柔らかさだった。
ハッチが開くのを待ちわびて、ジェレミアが駆け寄る。
「ルルーシュ様ッ!!」
「あ、ジェレミア卿!」
「ル、ルルーシュ様は!?ご、ご無事なんだろうな!?」
「それが・・・」
言葉を濁すスザクに、ジェレミアは思いっきり狼狽している。
スザクに抱きかかえられるように出てきたルルーシュは、目を回して完全に気を失っていた。
「どの辺から・・・?」
「・・・多分、離陸直後・・・だと思うんだけど・・・」
ルルーシュが気絶していることに気づいたのは、戻るために降下をはじめる直前だったらしい。
「返事がないからおかしいとは思ったんだけどさ、いつもより速度はセーブしていたしあまり重力がかからないように注意したつもりなんだけど・・・」
スザクはルルーシュの体力のなさと運動神経の鈍さを、ジェレミア以上によく知っている。
それでも、離陸直後に気絶してしまっていたとは、あまりにも情けないではないか。
「でも、これに懲りて少しはルルーシュの我侭が減るんじゃない?」
そう言って、爽やかな笑顔を浮かべているスザクの後ろに、ブラックホールのようなドス黒さが見えたような気がしたジェレミアであった。